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東京高等裁判所 平成元年(ラ)113号 決定

主文

一  原決定中、原決定別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(2)記載の債権に関する部分を取り消す。

二  本件競売申立て中、右取消に係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告人は、「原決定中、原決定別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(2)記載の債権に関する部分を取り消す。抗告人の申立てにより、原決定別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(2)記載の債権の弁済に充てるため、原決定別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、原決定別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、抗告人のためにこれを差し押さえる。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」記載のとおり主張した。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、抗告人は、平成元年一月一三日原裁判所に対し、原決定別紙被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、原決定別紙担保権目録記載の抵当権の記載のある抵当証券を提出し、抵当証券上の弁済期が未到来の債権については、失権約款により期限の利益を喪失したと主張して、原決定別紙物件目録記載の不動産について競売の申立てをしたところ、原裁判所は、同月二三日既に抵当証券上の弁済期の到来している原決定別紙被担保債権・請求債権目録1の(1)、2及び3の(1)記載の債権(以下番号により特定する)については、競売手続を開始したが、その余の債権については、抵当証券に記載された弁済期が未だ到来してなく、また、抵当証券に失権約款の記載がないため、失権約款による期眼の利益の喪失を主張することもできないとして、失権約款による期限の利益の喪失の有無について審理判断することなく、弁済期の未到来を理由に競売の申立てを却下したことが認められる。

2  しかしながら、原審の右判断のうち、抵当証券に失権約款の記載がないため、失権約款による期限の利益の喪失を主張することはできないとして、右主張について判断することなく、弁済期の未到来を理由に競売の申立てを却下した部分は、是認することができない。その理由は次のとおりである。

抵当権を実行するには、実体法上は、抵当権と被担保債権が存在し、かつ、被担保債権について弁済期が到来していることが必要であるが、民事執行法は、抵当権実行としての競売の申立ての要件としては、同法一八一条一項または二項の所定の文書(以下「法定文書」という)の提出をもつて足り、これらの実体法上の要件の存否は、債務者、所有者の側からの執行異議等の申立てをまつて審理判断すベきものとしている。したがつて、競売の申立ての段階においては、それ以上に実体法上の要件の存在について立証することを要しないが、このことは、本件のように法定文書に被担保債権の弁済期の記載がある場合であつても基本的には異ならない。

もつとも、法定文書に弁済期の記載があり、その弁済期が未到来である場合には、法定文書自体から実体法上の要件が具備していないものと認められるから、原則として競売の申立ては却下されるベきものといわなければならない。しかしながら、そのような場合においても、申立人が、法定文書記載の弁済期が失権約款等により実体法上変更され現に到来していることを主張立証したときには、法定文書の記載が補正され、弁済期についての実体法上の要件の不備がないものとして取扱うのが相当であると解する。被担保債権の弁済期到来は、抵当権実行の実体法上の要件であることは前述のとおりであるが、民事執行手続においては、抵当権実行としての競売開始の要件として申立人が提出すベき法定文書には、必ずしも被担保債権の弁済期の記載がないものが含まれており、殊に実務上最も多く法定文書として提出される土地または建物の登記簿謄本には、原則として弁済期の記載はなされていない。民事執行法が競売開始の要件として、そのような文書の提出をもつて足りるとしているのは、競売の申立て自体に弁済期到来の主張が含まれており、簡易迅速であるベき競売開始手続としては、その立証は必ずしも要しないとの考え方に立つているからであると解される。弁済期到来の実体法上の要件と法定文書との関係がそのようなものであることを前提として考えると、法定文書に偶々弁済期の記載があり、その記載からすれば、弁済期が未到来であるからといつて直ちに競売の申立てを却下し、申立人に弁済期到来に関する法定文書の作成手続を求めることは相当でないと考えられる。殊に、抵当証券が発行されている抵当権の場合に、法定文書上弁済期変更の手続を要求するとすれば、抵当権設定者等が、任意にその変更に応じないときには、右変更手続に日時を要するため、実体法上抵当権を実行しうる権利を有しているにも拘わらず、抵当証券法三〇条に定める三か月以内に競売の申立てをなしえない結果、裏書人に対する遡及権を喪失する場合も生じるのである。それ故、申立人において、法定文書上の弁済期が実体上変更され、変更後の弁済期が既に到来していると主張する場合には、競売開始手続の中でその立証を許した上、競売開始の許否を決定すべきものである。なお、民事執行法は、抵当権の実行としての競売開始の要件として、法定文書の提出を要するものとし、またその提出をもつて足りるとしているが、抵当権実行手続は強制執行手続と異り、実体上の権利の存否についても、執行手続の中で審理判断される制度になつているのであるから、競売開始手続において、抵当権実行の実体法的要件を満さない弁済期の記載のある法定文書について、これを補正補完し、もつて競売開始の手続上の要件を満たそうとする実体法上の立証を許すことは、必ずしも競売手続の制度にとつてなじまないものということはできない。

そこで、これを本件についてみると、1の(2)および3の(2)の債権については、抵当証券上の弁済期が到来していないことは明らかであるが、抗告人は、右弁済期は、失権約款により期限の利益を喪失し、既に到来するに至つたものと主張しているのであるから、それが立証されれば、競売手続は開始されるベきものである(もつとも、3の(2)の債権については、本件においては後順位配当権者が存するので、利息金と同一の利率による範囲内でしか、優先権を認めることはできない)。

そうすると、右と異なる見解のもとに、失権約款により期限の利益を喪失した旨の抗告人の主張について審理することなく競売の申立てを却下した原決定には、法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかつた違法があるといわざるを得ない。

3  よつて、原決定中、1の(2)及び3の(2)記載の債権についての競売申立てを却下した部分を取り消したうえ、前記の点について審理を尽くさせるため、その取消にかかる部分を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 枇杷田泰助 裁判官 喜多村治雄 裁判官 小林 亘)

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